発達障害者が場に馴染めない理由とは?コミュニケーションが原因だ!

発達障害

こんにちは、たこわさびです。

今日は、「発達障害」がこれほどまでに名前は有名であるにも関わらず、なぜ「理解」があまりされないのかということについて考えてみました。

言葉通りに受け取りやすい

そもそも発達障害の特性として「言葉通りに受け取りやすい」という特徴があります。

曖昧な表現が理解しにくいことや場の空気が読めないということによって、うまく会話が伝わらない場合があります。

これらの積み重ねにより、「あいつは空気が読めない」と言われたり、「わかっていない」と判断されることが多いです。

私が接している子どもたちの中でも、友達とうまく意思疎通ができていなかったり、誤解や間違った理解をしていることも少なくありません。

こうしてうまくコミュニケーションが取れないと「伝わらない」「よくわからない」「使えない」「空気が読めない」などのネガティブな評価になってしまいます。

一番大きな理由は「めんどくさい」

なぜ、これほどまでにコミュニケーションにすれ違いが発生してしまうのでしょうか

それはずばり「伝える側がめんどくさい」と感じるからです。

極端な話、発達障害であろうがなかろうが、少ない言葉で100%伝わることが一番楽なのです。

例えば想像してみてください。

仕事で「あれしといて」とか「これして」だけで全てが伝わればとても楽ですよね。

考える必要がないんですもん。

でも人とのコミュニケーションにおいてそんな少ない言葉で完璧に伝わることってまずないですよね。

少なくとも「〇〇の書類を△△日までに作っておいて」とか「〇〇さんへ××しておいて」ぐらいの説明がないと何をしたらいいかって伝わらないものです。

しかも〇〇や××がより具体的な方が親切な説明でしょう。

つまり「伝わるように伝えていない」というのは「伝える側の怠慢」以外の何物でもないわけです。

それなのに、「発達障害」というレッテルにあやかって「空気が読めない」とか「伝わらない」というのはいささか「わがまま」ではないかと思うわけです。

説明するのはめんどくさい

基本的に人って「説明するのはめんどくさい」と感じる生き物です。

論理的に話を組み立てなければいけないし、具体的に話をしなければならない。

つまり、手間なんですよね。

ただ、最近はこの手間を省く人が多く、勝手に省いているくせに「使えない」とかレッテルを貼るわがままな人が多いと思います。

上司と部下のすれ違いなんてそういうこと結構多いんじゃないでしょうか?

日本人は極度の「コミュニケーション障害」

「一を聞いて十を知る」ということわざがありますが、これは日本人のコミュニケーション能力を端的に表しています。

本来、「一を聞いて十を知る」とは、「非常に賢い人のこと」を指すことわざでした。

しかし、ことコミュニケーションにおいては、「こちらの言うことを推し量れ」という意味で使われることが多いのではないでしょうか。

これはまさに「わがまま」ですよね。

伝える努力もせずに、「感じ取れ!」ってどれだけわがままなんですか。

というわけで伝える努力もしない人に対しては、何も考える必要はないです。

だってどうせ自分勝手ですから。

人は「思い通り」にはならない

こういうわがままなコミュニケーションだとどちらかがしんどい思いをするのは当たり前です。

だって、どちらかが「我慢」をしているのですから。

コミュニケーションがうまくいかないという場合は、どちらかが悪いのではなくいかなる場合においても「双方に責任」があります。

そのため、発達障害の方だけが悩まなくてもよいのです。

お互いに改善する必要があるのですから。

お互いに改善しあって、それでも合わないならば無理に付き合う必要のない人です。

仕事などでどうしてもコミュニケーションを取る必要がある場合は、お互いにとっての落とし所を見つけてください。

それができないのであれば、お互いに新たな関係や場を探すべきです。

合わないものは合わない。

それはそれで仕方ないのです。

最後に

発達障害の方はコミュニケーションや人との関係づくりにおいて、多くの悩みを抱えていらっしゃることだと思います。

私も毎日、発達障害の子どもたちと接しながら、その悩みに寄り添っています。

しかし、私は発達障害の方たちばかりが悪いというようなこの風潮に変化をもたらしたいのです。

私は「コミュニケーションは2人以上で成り立つもの」と考えています。

そのため、発達障害の方ばかりが悪いということは決してないはず。

お互いに心地よいコミュニケーションをするために今一度お互いのあり方を見つめ直してみたいです。

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